建築・建設 2025.12.02

病院建築のガイドラインとは?ユニバーサルデザインの7原則について解説

病院建築のガイドラインとは?ユニバーサルデザインの7原則について解説
この記事の主な内容

病院建築は、建築基準法・消防法・バリアフリー法などの必須ルールを土台に、HEAJ(日本医療福祉設備協会)日本医療福祉建築協会などが整備するガイドラインを重ねて設計品質と運用性を高めるのが基本です。利用者の多様性が極端に広い病院では、ユニバーサルデザイン7原則を動線・サイン・諸室計画へ具体化することで「迷わない・使える・安全」を担保できます。設計初期に法規要求とUD視点の優先順位を整理しておくと、後工程の手戻りやコスト増を抑えやすくなります。

 

病院は、体力の落ちた患者さん、高齢者、子ども、障害のある方、医療スタッフ、家族など、条件の違う人たちが同時に使う場所です。

しかも、利用者は不安や痛みを抱えた状態で動くことが多く、ちょっとした迷いや使いにくさが安全リスクや運用負荷に直結します。だからこそ病院建築では、法律の基準を満たすだけでは不十分で、医療施設特有のガイドラインやユニバーサルデザインの考え方を前提に計画する必要があります。

この記事では、病院建築で押さえるべきガイドラインの全体像とUD7原則の要点、さらに設計実務での使い方を順に整理して解説します。

病院建築ガイドラインの全体像

病院建築ガイドラインの全体像

病院建築の指針は「法令で義務づけられる基準」「医療安全や運用性を高める推奨基準(ガイドライン)」に二層化されています。

まず法令で最低限の安全ラインを確保し、そのうえで設備・動線・感染対策など病院固有の課題をガイドラインで補強する、という順番が結論です。代表例として、HEAJが空調・衛生・電気・BCPなど病院設備の設計指針を体系的に整備しています。

法令とガイドラインの役割分担

法令は「守らないと建てられない・運用できない」絶対条件です。建築基準法や消防法、バリアフリー法などが該当し、違反すると確認が下りない、あるいは運用上の重大リスクになります。一方ガイドラインは、医療現場や事故・災害経験、研究知見を踏まえた“より良い病院にするための実務標準”です。

法律がカバーしない運用の細部(例:清潔区分の考え方、医療ガスの運用、安全な空調方式など)を補い、施主・設計・運営の合意形成の土台にもなります。

参考記事:クリニックの内装デザイン・設計完全ガイド!工事から開業までのスケジュールと立地や法令を解説

国や自治体の設計指針の位置づけ

国土交通省はバリアフリー設計標準など、特定建築物の設計に直結する指針を公表しています。病院は特定建築物に該当しやすく、出入口・廊下・便所・駐車場などの基準適合が求められます。

地方自治体が独自条例で上乗せ基準を定めている場合もあるため、計画地の所管行政を早期に確認するのが実務上の要点です。

学会・業界ガイドラインの活用

HEAJの病院設備設計ガイドラインは、設備分野ごとに運用・感染・安全の知見を統合しており、設計者だけでなく施主側の仕様判断にも使われます。

空調、衛生、電気、医療ガス、BCPなどが揃っているため、病院計画の“漏れ防止チェックリスト”として非常に実務的です。ガイドラインは改訂で内容が更新されるので、採用時点で最新版を参照してください。

ガイドラインの優先順位や採用範囲は、病床規模や診療機能で変わるため、初期段階で専門家と一緒に整理しておくと手戻りが減りやすいです。

病院建築に求められる基本性能

病院建築に求められる基本性能

病院に必要な性能は「安全確保」「医療機能の成立」「感染リスク低減」の三本立てです。

利用者に避難困難者が多いこと、24時間止められない医療行為があること、清潔・不潔の制御が運用に直結することが、一般建築との決定的な違いです。動線・区画・設備を分断せず一体で設計することが、病院計画の結論になります。

特殊建築物としての計画前提

病院は不特定多数が利用し、被介助者が多い用途のため、安全規定が厳格になりやすい建築用途です。

避難計画や防火区画は床面積や階数だけでなく、部門構成(外来・病棟・手術部など)や患者移送方式で実効性が左右されます。法令の数値基準に適合させるだけでなく、実際の避難シナリオが成立するかを検証する姿勢が欠かせません。

建築基準法上の病院区分と留意点

建築基準法における用途区分は、医療法上の分類と必ずしも同一ではありません。

一般に病院は入院施設を有する医療用途として扱われ、規模や用途構成によって特殊建築物の規定がかかりますが、詳細は計画条件ごとに変動します。用途整理・面積配分・階構成が確定した段階で、所管行政や確認審査機関へ早めに照会するのが安全策です。

防火避難規定の考え方

病院の防火避難は「短距離での避難」「水平避難を前提とした防火区画」「煙の侵入抑制」を軸に組み立てられます。

患者移送はスタッフの介助が必須になるケースが多く、避難経路が長いほどリスクと負担が増します。現場では、病棟単位の区画・避難階の扱い・煙制御の戦略を、運用と合わせて詰めていくのが実務の流れです。

医療機能と運用を支える建築特徴

病院では「患者動線」「スタッフ動線」「物流動線(薬品・リネン・廃棄物など)」が、必要最小限の交差で整理されていることが要です。

動線が混線すると効率低下だけでなく、接触事故や感染リスク、案内負荷の増大につながります。外来〜検査〜診療〜病棟の流れ、手術部やICUなど清潔区画の連結、中央材料室やSPDの物流計画など、建築と運用を同時に設計する必要があります。

感染対策とゾーニング計画

感染対策は「清潔/準清潔/不潔のゾーン設定」「感染経路に応じた動線と換気」「汚染拡大を前提とした封じ込め」を基本にします。

HEAJガイドラインでも、空調・衛生・医療ガスなど設備計画と感染対策の関係が整理されており、ゾーニングと設備仕様を同時に決めることが推奨されています。感染症の種類や地域医療の役割で正解が分かれる領域なので、計画地・診療機能・想定患者像に応じた設計条件の整理が大切です。

ユニバーサルデザインと病院の関係

ユニバーサルデザインと病院の関係

病院はユニバーサルデザインが最も必要な用途の1つです。

利用者の身体能力や認知状態、来院経験が極端に幅広く、しかも不安や痛みがある状態で施設を使うため、一般施設の“平均的利用者”前提では必ず無理が出ます。バリアフリーは障壁除去が中心ですが、UDは「最初から誰でも使いやすい仕組みを組み込む」発想で、病院の安全と運用効率そのものを支えます。

バリアフリーとUDの違い

バリアフリーは段差解消や手すり設置など、特定の障害をなくすアプローチです。一方UDは年齢・障害・言語・経験の違いがあっても、同じ仕組みを無理なく使えるかを問います。

例えば受付の案内は「文字を大きくする」だけではUDになりません。ピクトグラム、色分け、音声、スタッフへの自然なアクセスなど、複数手段で同じ情報が届く設計が必要になります。

病院でUDが重視される理由

病院利用者は“体調が悪い状態での利用”が前提なので、移動や情報理解のハードルが普段より高いです。

迷いは診療遅れ、転倒や衝突、スタッフの案内負担増につながります。UDを入れると患者の安心感が上がるだけでなく、スタッフの運用効率や医療安全にも効いてくる点が病院特有です。

UD7原則の設計チェックの使い方

UD7原則は、施設の使いやすさを多角的に評価するチェック軸です。

病院では「来院から退院までの利用シナリオ」に沿って、原則を動線・サイン・操作系に翻訳して使うと実務で効果が出やすいです。計画初期にチェック表に落としておくと、意匠・設備・運用の全関係者で同じ評価軸を共有できます。

ユニバーサルデザイン7原則の要点

ユニバーサルデザイン7原則の要点

UD7原則は1997年にNCSUのCenter for Universal Designが提示した、環境・製品・情報の使いやすさを評価する枠組みです。

公平性、選択性、直感性、情報伝達、ミスへの寛容さ、省力性、空間確保の7視点で構成され、病院の「迷わない・使える・安全」を具体化するための共通言語になります。

参考サイト:Center for Universal Design | College of Design

原則1と原則2の公平性と選択性

原則1は利用者の条件差で不利が生じない設計を求めます。病院なら、車いす利用者も健常歩行者も同じ入口・受付プロセスで完結できるか、という視点です。

原則2は利用方法の柔軟さを問います。対面受付と自動受付の併存、音声と表示の二重通知など、複数の選択肢があるほど利用の取りこぼしが減ります。

原則3と原則4の理解容易性と情報性

原則3は「使い方が直感でわかるか」、原則4は「必要情報が確実に届くか」です。

病院で最も効くのはサイン計画で、入口・分岐・目的地のタイミングごとに“次に必要な情報”が自然に読めることが重要です。言語や視覚能力の差もあるため、文字だけでなく色・形・ピクト・音声など複数チャンネルで伝えるのが実務の基本です。

原則5から原則7の安全性と身体負荷配慮

原則5は「ミスに強い設計」、原則6は「少ない力で使える設計」、原則7は「十分な空間の確保」です。

病院ではドアの開閉力、手すりの位置、段差・滑り、ベッドやストレッチャーの回転半径、介助スペース、機器の誤操作防止などに直結します。設備仕様とセットで検討しないと実効性が落ちるので、意匠・設備の横断調整が必要です。

7原則を計画へ落とし込む方法

7原則を計画へ落とし込む方法

7原則は抽象度が高いので、病院では「エリア別×利用シーン別」に分解して設計条件へ落とすのが現実的です。

外来・救急・病棟・共用部ごとに利用者行動を時系列で追い、どの原則がどこで効くかをチェックしていくと優先順位も自然に決まります。

外来と救急の動線計画

外来と救急は初見利用者が集中するため、入口から目的地まで迷わない動線が重要です。

外来では受付・待合・診察・検査への流れを直感的に読める配置にし、救急ではスタッフ動線と患者動線の交差を最小化して短距離化を優先します。UD視点では、歩行速度を“元気な成人”に合わせず、ゆっくり歩く人・付き添い・車いす利用者が同じ流れで無理なく動けるかが評価基準になります。

受付・待合のわかりやすさ

受付は、緊張や体調不良で情報処理が落ちている人でも迷わない設計にする必要があります。

受付カウンターの視認性、手順の簡潔さ、番号呼出の見やすさ、スタッフに自然にアクセスできる配置が要点です。音声だけ/表示だけに頼らず、複数の伝達手段を重ねることで原則3・4の弱点を減らせます。

車いす・ストレッチャー対応幅員

幅員や回転スペースは、法規の最低基準に合わせるだけだと運用で詰まりが起きやすいです。

車いすやストレッチャーに加え、点滴スタンドやスタッフが並走する余裕が必要な場面が多いため、実際の運用サイズでシミュレーションするのが確実です。ここは施設規模や診療内容で“必要幅”が変わるので、計画条件に合わせた検証が欠かせません。

病棟と看護動線の計画

病棟は長時間滞在する領域で、患者の疲労とスタッフの介助負担が蓄積します。

看護動線の短縮、患者が自立して移動・操作できる環境、夜間の安全確保などがポイントです。UDの原則6・7は、病室内のレイアウト、トイレ動線、ナースステーションとの距離感に直結します。表に出づらいけれど、病院の“使い勝手の差”が最も出るところだと感じます。

病院建築に関わる主な法規制

病院建築に関わる主な法規制

病院建築は複数法規の“重ね合わせ”で成立します。

建築基準法・消防法・バリアフリー法が中心で、いずれか一つでも欠けると運用上の重大な穴になります。設計初期に条文要求を棚卸しし、ガイドラインはその上で最適化する、という順番が結論です。

建築基準法の必須ポイント

建築基準法では用途区分・規模・階数・構造に応じて、防火避難、採光換気、構造安全、設備などの要求が決まります。病院は用途整理が設計全体の前提になるため、外来・病棟・手術部など部門構成を踏まえた用途割り当てが必要です。

建築基準法の本文と告示・通達が根拠になります。案件ごとに解釈や必要協議が変わる部分があるため、計画条件が固まった時点で必ず所管へ確認してください。

参考サイト:国土交通省/e-Gov法令検索|建築基準法

バリアフリー法と病院の適合範囲

バリアフリー法は特定建築物として病院を対象にし、移動等円滑化基準への適合を求めます。出入口・廊下・階段・便所・駐車場・案内設備など広範囲に及ぶため、初期の設計与条件として織り込むのが重要です。

バリアフリー法の体系や関連基準は国交省のバリアフリー関連ページで確認できます。最新改正や自治体の上乗せ基準があるため、必ず計画時点の情報を参照しましょう。

参考サイト:国土交通省|建築物におけるバリアフリーについて

消防法と医療施設の設備要件

消防法では、用途と規模に応じて自動火災報知設備、スプリンクラー、誘導灯、排煙設備などの設置基準が定まります。病院は避難困難者が多い前提があるため、早期検知と区画避難が成立する建築計画との整合が必須です。

消防法の要求は自治体消防の指導内容とセットで運用されるため、基本計画段階から消防協議のスケジュールを見込んでおくと、確認・工事の詰まりを回避しやすくなります。法規の読み合わせや協議順序は案件差が大きいので、初期に専門家を交えて整理しておくと行政協議がスムーズになりやすいです。

参考サイト:e-Gov法令検索|消防法

近年の病院建築トレンド

近年の病院建築トレンド

近年の病院建築は、医療提供体制の再編、高齢化、災害リスク、感染症対応などの影響で「地域連携」「BCP強化」「柔軟に更新できる空間・設備」を重視する方向に進んでいます。UDはその基盤に位置づき、運用変化があっても使いにくさが起きにくい計画が求められています。

地域包括ケアと病院機能の変化

急性期・回復期・慢性期の役割分担が進み、病院は単体完結ではなく地域の医療・介護ネットワークの一部として計画される傾向があります。外来・入院の構成やリハビリ、地域連携部門の配置など「どの機能に重点を置くか」が建築計画に直結します。

災害対応とBCPを支える建築

災害時に医療機能を継続できるかは、地域の生命線になります。停電・断水・物流途絶を想定した設備冗長化、非常動線、トリアージスペースの確保などが重要で、HEAJのBCP系ガイドラインも参照価値が高い領域です。

デジタル化とスマートホスピタル対応

電子カルテや遠隔診療、院内物流の自動化などが進み、情報通信設備や将来の更新余地を見込んだ配管・配線計画が求められています。将来の技術更新に対応できる“余白設計”が、長寿命化と運用安定に効いてきます。

よくある質問

病院建築で最優先のガイドラインは何か

最優先は法令適合です。そのうえで、計画テーマに直結するガイドラインから優先的に参照します。設備更新や新築ならHEAJの設備設計ガイドラインが実務の基盤になりやすいです。

ユニバーサルデザイン7原則は全て満たす必要があるか

7原則は評価の枠組みで、機械的に全項目“満点化”するものではありません。ただ、主要動線・サイン・患者が必ず触れる操作系は7原則で弱点チェックをしておくと、運用上の事故や負担が減りやすいです。

病院と診療所で建築規制はどう違うか

一般論として病院は入院機能を前提とした用途で、診療所は外来中心の用途として扱われます。ただし、どの規定が適用されるかは規模・用途構成で変わるため、個別に所管行政や審査機関へ確認する必要があります。

既存病院の改修でUDを強化する要点

既存改修では全体更新が難しいことが多いので、効果の大きい順に改善するのが現実的です。入口〜受付〜主要部門の案内、トイレや待合など滞在時間が長い場所、段差やドアなど日々のストレス源から手を入れると、費用対効果が高くなります。

まとめ

病院建築は建築基準法・バリアフリー法・消防法などの必須基準を土台に、HEAJをはじめとする病院設備・運用ガイドラインを重ねて、医療の安全性と使いやすさを具体化していく建築です。

ユニバーサルデザイン7原則は、病院の「迷わない・使える・安全」を担保するための強力なチェック軸であり、利用シナリオに沿って動線・サイン・操作系へ落とし込むことが重要です。新築でも改修でも、条件整理の段階で判断の分岐点が多く出るため、迷うところを早めに専門家と整理してしまうと、結果的にコストと時間のロスを抑えやすくなります。

計画の前提づくりやガイドライン・法規の整理だけでも構いませんので、状況に合わせて一度お電話でご相談ください。要件を一緒に棚卸しするところから伴走します。

参考文献

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